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第62回 遺言の内容を変更(撤回)したいときはどうする?
出版委員会第3部会委員 國祐伊出弥
最近は,自分自身が亡くなった後のことを自分自身できちんとしておきたいという思いから,遺言を作成される方が多くなっています。遺言は,残されたご家族への最後のメッセージともいえるものですから,熟慮することになるでしょう。
それでもやっぱり,遺言の内容を変更(撤回)したい,という気持ちになることもあると思います。
法律上,遺言の内容を変更(撤回)することは,自由とされています。ただし,定められた遺言の方式に従う必要があります。
ここで,遺言を作成した人が,自筆証書である遺言書の文面全体に故意に斜線を引いた場合,遺言の撤回と認められるか否かが争われた裁判をご紹介します〔最高裁判所・平成27年11月20日判決・民集第69巻7号2021頁〕。
このケースは,次のようなものでした。
昭和61年,Aさんは,1枚の用紙に遺言書を作成しました。遺言書の内容は,Aさんが遺産の大半を子どものBさんに相続させるとするものでした。
平成14年,Aさんは亡くなりました。
Aさんが亡くなった後に遺言書が発見されたのですが,その時点で,遺言書には,文面全体の左上から右下にかけて赤色ポールペンで1本の斜線が引かれていました。この斜線は,Aさんが故意に引いたものでした。
この遺言書を見た,同じくAさんの子どものCさんは,この遺言書が無効だと訴えたのです。
第2審の広島高等裁判所は,この遺言書は有効だとして,Cさんの言い分を認めませんでした。
その理由は「斜線が引かれた後も本件遺言書の元の文字が判読できる状態である以上,本件遺言書に故意に本件斜線を引く行為は,民法1024条前段により遺言を撤回したものとみなされる『故意に遺言書を破棄したとき』には該当しない」というものでした。
ここに出てくる民法1024条前段は「遺言者が故意に遺言書を破棄したときは,その破棄した部分については,遺言を撤回したものとみなす。」という規定です。「破棄」の内容について,具体的に規定されていません。
最高裁判所は,一転,Cさんの言い分を認め,この遺言書は無効だと判断しました。
最高裁判所は,「遺言書に故意に本件斜線を引く行為は,民法1024条前段所定の『故意に遺言書を破棄したとき』に該当するというべきであり,これによりAは本件遺言を撤回したものとみなされることになる。したがって,本件遺言は,効力を有しない。」と判断しています。
理由について「本件のように赤色のボールペンで遺言書の文面全体に斜線を引く行為は,その行為の有する一般的な意味に照らして,その遺言書の全体を不要のものとし,そこに記載された遺言の全ての効力を失わせる意思の表れとみるのが相当」だと述べました。
普段の生活で,何か文書を書いた際,その内容が気に入らないときには,文書の上から斜線を引いて,その内容をなかったことにするということはよくあることです。
そういった意味でも,最高裁判所の判決は,普段の生活感覚からすると理解しやすいものと思えます。
このケースで,私が気になるのは,そもそもAさんが1本斜線を引いた遺言書を保管し続けた意図はなんだったのか,ということです。
もし,Aさんが,この遺言書の内容を撤回したいと思って,破り捨てていれば,裁判にはならなかったかもしれません(自筆証書の遺言書ではなく,公正証書の遺言書の場合は,手もとの遺言書を破り捨てても撤回したことにはなりませんのでご注意ください。)。
もちろん,今となっては知る由もありませんが,きっと,AさんとBさん,Cさんとの間には,裁判の記録には表れない様々な出来事があったのだろうな,その中でAさんは複雑な思いをもっていたんだろうな,と感じます。
そういった複雑な思いが,「破り捨てる」という行動をAさんがとらなかった理由なのだろうかと,つい,想像しています(単に破り捨てるのを忘れただけかもしれませんが。)。
余談ですが,私は,文書を作成する際には,なるべく一晩寝かせることを心がけています。一晩寝かせて翌日読むと,「やっぱり,ダメだこりゃ。」と思うこともよくあります。そんなときは,文書全体に赤ペンで斜線を1本引いて,なかったことにしています(斜線を引くと,何となく気持ちが切り替わります。その後はたいていシュレッダーにかけます。)。